KESIMPULAN DAN SARAN Analisis Psikologis Tokoh Heikichi Umezawa dalam Novel “The Tokyo Zodiac Murders” Karya Soji Shimada

2.5 Psikoanalisa Freud ·················································· 32 2.5.1 Psikoanalisis Sebagai Teori Kepribadian ················· 33 2.5.2 Sistem Kepribadian ·········································· 34 a. Id ···························································· 34 b. Ego ························································· 36 c. Super Ego ·················································· 37 2.5.3 Dinamika Kepribadian ······································ 37 2.5.3.1 Naluri Insting ······································ 38 1 Insting-Insting Hidup ································· 38 2 Insting-Insting Mati ··································· 38 2.5.3.2 Kecemasan ··········································· 39 BAB III. ANALISIS PSIKOLOGIS TOKOH HEIKICHI UMEZAWA DALAM NOVEL “THE TOKYO ZODIAC MURDERS” ....................... 41 3.1 Ringkasan Novel ·················································· 41 3.2 Analisis Psikologis Tokoh Heikichi Umezawa ················ 47

BAB IV. KESIMPULAN DAN SARAN

4.1 Kesimpulan ··························································· 60 4.2 Saran ··································································· 62 DAFTAR PUSTAKA ABSTRAK Universitas Sumatera Utara ABSTRAK BAHASA JEPANG 荘司 島田 の 作品 の “THE TOKYO ZODIAC MURDERS” と 言う 小説 に おける 平吉 梅沢 と 言う 主人公 の 心理的な 分析 この 論文 の 題名 は 荘司 そ う じ し ま だ 島田 の 作品 の “The Tokyo Zodiac Murders” と 言う 小説 に おける 平吉 梅沢 と 言う 主人公 の 心理的な 分析 である。この 小説 は 平吉 へいきち うめざわ 梅沢 の 心理的な 問題 に ついて 説明する。心理学 は 人間 の 精神 せいしん や こうどう 行動 に ついて の 研 究 けんきゅう を する 学問 である。この 小説 の 中 では 心理的な じょうたい 状 態 を 語った 主人公 は 平吉 梅沢 であり、1930 年代 に 東京 で 有名な 芸術家 げいじゅつか であった。この 論文 の 目的 は “The Tokyo Zodiac Murders” の 小説の中に 平吉 梅沢 の じょうたい 状 態 や 心理的 負担 ふ た ん 平 吉 は 1 9 3 0 年 代 に 有 名 な 芸 術 家 で あ っ た 。 有 名 な 芸術家 として は いつも 楽しくない と 感じられた。彼 は を 知る ため であった。 変 へん な の ささやき を 聞き つづ 続 けている のは よく うつ 病 びょう を けいけん 経験 した。平吉 梅沢 は 女性 に 対 たい し か ど 過度 の 脅 迫 きょうはく かんねん 観念 を 持っている 人 Universitas Sumatera Utara である。新しい 芸 術 げいじゅつ 作品 を さくせい 作成するのに 大きな 願望 がんぼう を 持つ と 同じ ように きょうはく 脅 迫 観念 かんねん である。これ は、彼 が “Azoth” と よ 呼ばれる 芸術 作品 を 作成する ために 計画 けいかく ある わけ であった。 この 芸術 作品 は 女性 との 愛 あこが 憧 れ と 執 着 間 しゅうちゃくかん に しょくはつ この 小説 の 主人公 に 触 発 された。 経験 けいけん した せいしんてき 精神的 紛争 ふんそう が あるので、 筆者 は 心理 を 分析 ある ために 興味 を 持っている。この 論文 の 中 で は 筆 者 が 主 人 公 の Id, Ego, Super Ego の よ う に “Sigmund Freud ” の こ せ い 個性 の 理論 り ろ ん を しようして いる。さらに、筆者 も ほんのう 本能 と 不安 ふ あ ん の ように じんかく 人格 の 動的 どうてき り ろ ん 理論 を しようして いる。 つ ま り 、 筆 者 は こ の 論 文 で は 2 の 理論 り ろ ん し よ う し て 、 そ れ は 心理学 文学的 と き ご う ろ ん この 小説 の テーマ は 世界中 で 有名 に なる こと が できる 芸術 作品 書きたい 芸術家 の 計画 と 記号論 であった。 野望 や ぼ う について である。 平吉 は 女性 の すがた 姿 を 愛した 男 であった。その こと は 彼の 複数回 ふくすうかい の 結婚 から 分かった。彼の ような 感じ は 彼の 絵 を モ デ ル 化 女 性 か ら 目 に 見 え た 。 女 性 よ り 平 吉 も マ ネ キ ン の ように 女性 の すがた 姿 に 似 に たもの が 好き であった。マネキン は 店 Universitas Sumatera Utara で 販売 はんばい されている 服 を じっしょう 実 証 する ために しようされている 人間 の 形 を 視覚的 し か く て き に にんぎょう 毎日 マネキン を 見ているので、彼は 人 形 の モデル である。 他 ほか の ふ つ う 普通 の人 が 経験 けいけん されていない ふ し ぎ 不思議 な 魅力 みりょく を 感じる ように なった。この マネキン の かんしん 関心 によって 画家 が か として の 彼 の せいかつ 生活 を 始めた。有名な 画家 と なった は 彼 が 禁 断 症 状 病 きんだんしょうじょうびょう せいてきいつだつ 性的逸脱 行動 こうどう の げんいん 原因 と な る 心 理 的 な 障 害 しょうがい を 持 っ て い た と い う じ じ つ その 考え で 彼 が どのように Azoth を 事実 を Heikichi が 気づいていない ように なった。 作成 さくせい する 計画 を はじめた。Azoth を 作成する ために は 彼 は 六人 の 女性 を ころ 殺し、 そこ から 必要 ひつよう な 体 の ぶ ぶ ん 部分 を 取 と っていた。 あつ 集まる 体 の 部分 ぶ ぶ ん は ただの 女 ではない こと であった。殺させる 女性 の ゾディアック が てきせつ 適切 でなければ ならない。彼 は 殺人 さつじん を 計画して 始めて、その 時 に も おどろ 驚 いた 事 が あった。彼 は 近く の 性格 せいかく に え と べ つ 干支別 の 兆 候 ちょうこう 6 しょじょ 処女 こと に 気づいた。その 女性 は 彼 の 女の子 と 姪 めい である。 Universitas Sumatera Utara この 事実 じ じ つ は それ が 計画 を ちゅうし 中止する こと は ない。平吉 は 子供 と 彼 の 姪 めい も この げいじゅつ 芸 術 作品 さくひん を 作成 の 一部 と なる こと に よろこ 喜 んで いる と 思った。この 小説 の 終り に は 女性たち の 殺人 さつじん じ け ん 事件 は 平吉 の 計画 に 従 したが って たっせい 達成された。多く の 人 は Azoth が 成功 せいこう に 作成された と 信じた が、 小説 の 最後 まで に Azoth が どこ に あるか 知っている 人 は ない。 上記 じょうき の 説明 は Freud の しんりがくてきけんきゅう 心理学的研究 に 基 もと づいている のは、 “The Tokyo Zodiac Murders” の 小説 で 平吉 の すがた 姿 が Id の 挙動 きょどう は し は い 支配 的な こと を もっている。しかし、Ego と Super Ego が 役割 やくわり を は 果たして いないという 意味 ではない。平吉 の 映像 えいぞう で いつ も 彼 を 気 に かげ 影 を 殺した。 つまり に Id を 表示 ひょうじ される よ うに 見えた。 しかし、 かげ 影 を 殺す ために 意図 い と は じっこう 実行 されなかった。 彼 は そう する 十 分 じゅうぶん な エネルギー を 持って いなかった と 感じ た。その こと は 殺す ために がんぼう 願望 を 持っている Id を 制御 せいぎょ しよ うとして いる Ego を しめ 示して いた。Ego は 平吉 に どちら が 本物 だと 単 たん なる そうぞう 想像 だけ を 表示 ひょうじ しようとしていた。平吉 の Id の きょどう 挙動 から なに も Super Ego の 後悔 こうかい に は ひょうじ 表示 されなかった、Ego Universitas Sumatera Utara によって 制御 せいぎょ する こと が できる が その はんたい 反対 こと も あった。 この 小説 の 中 で 生 せい の ほんのう 本能 と 死 し の ほんのう 本能 も 平吉 の 不安 ふ あ ん の そくめん 側面 が ある 表示 ひょうじ された。 全体 ぜんたい に “The Tokyo Zodiac Murders” の 小説 の 中 で 平吉 梅沢 の 心理学的 ぶんせき 分析 に 議論 ぎ ろ ん な ので、 平吉 梅沢 せいてきいつだつ 性的逸脱 行動 こうどう が けいけん 経験した 心理的な 障 害 しょうがい を 説明した。それ は ふ つ う 普通 の 人 によって 行われる こと が 妥当 だ と う ではなかった。だから、彼 の がんぼう 願望 を 達成 たっせい する ために、彼 は ある の モラル に したが 従 って 行動 こうどう しなかった。さらに、 この 小説 の 中 で 作家として 荘司 島田 の 伝える メッセージ も あった。彼 は か ど 過度の願望 がんぼう と きょうはくかんねん 強 迫 観 念 が 自分自身 じ ぶ ん じ し ん と ほかに 人 の ために 良くない こと を しめ 示 したい と 考えている。あなた が 達成 たっせい したい こと か きょうはく 強 迫 観念 かんねん が 良い か、 私たち は ロジック と き ぞ ん 既存 の 規範 き は ん を ちょうせい 調 整 する 必要 ひつよう が ある。 Universitas Sumatera Utara ABSTRAK INDONESIA ANALISIS PSIKOLOGIS TOKOH UTAMA HEIKICHI UMEZAWA DALAM NOVEL “THE TOKYO ZODIAC MURDERS” KARYA SOJI SHIMADA Skripsi ini berjudul Analisis Psikologis Tokoh Heikichi Umezawa dalam Novel “The Tokyo Zodiac Murders” karya Soji Shimada. Novel ini membahas masalah psikologis dari tokoh Heikichi Umezawa. Psikologi merupakan ilmu yang objek penelitiannya tertuju pada jiwa dan perilaku manusia. Tokoh yang diceritakan kondisi psikologisnya di novel ini adalah Heikichi Umezawa, seorang seniman terkenal di Tokyo pada tahun 1930an. Tujuan penulisan skripsi ini adalah untuk mengetahui kondisi dan beban psikologis dari Heikichi Umezawa dalam novel “The Tokyo Zodiac Murders”. Heikichi merupakan seorang seniman yang terkenal di tahun 1930an. Sebagai seorang seniman terkenal kehidupannya tidak selalu menyenangkan. Ia sering mengalami depresi karena terus mendengar suara bisikan-bisikan asing. Heikichi Umezawa merupakan seseorang yang memiliki obsesi yang sangat berlebihan terhadap wanita. Obsesi tersebut sama besar dengan keinginannya untuk menciptakan karya seni baru. Hal inilah yang membuatnya merencanakan untuk membuat suatu karya seni yang ia sebut dengan “Azoth”. Karya seni ini terinspirasi dari rasa cinta, kagum dan obsesinya terhadap wanita. Konflik batin yang dialami tokoh utama dalam novel ini yang membuat penulis tertarik untuk menganalisa psikologis tokoh utama. Penulis menggunakan teori kepribadian Sigmund Freud yaitu Id, Ego, dan Super Ego. Selain itu penulis juga menggunakan teori Universitas Sumatera Utara dinamika kepribadian yaitu Naluri dan Kecemasan. Dalam hal ini penulis menggunakan dua teori pendekatan yaitu Psikologi Sastra dan Semiotika. Tema yang terdapat di dalam novel ini adalah tentang rencana dan ambisi dari seorang seniman yang ingin menciptakan suatu karya seni yang dapat membuat dunia gempar. Heikichi merupakan seorang pria yang sangat menyukai sosok seorang wanita. Hal ini dapat kita lihat dari pernikahannya yang lebih dari sekali. Rasa sukanya ini juga terlihat dari banyaknya wanita yang menjadi model lukisannya. Selain wanita Heikichi juga menyukai sesuatu yang mirip dengan sosok seorang wanita asli yaitu sebuah manekin. Manekin adalah sebuah boneka model peraga berbentuk manusia yang digunakan untuk memperagakan baju- baju yang dijual ditoko. Karena melihat sebuah manekin setiap hari, ia mulai merasakan ketertarikan aneh yang tidak dialami pria-pria normal lain. Ketertarikan pada manekin ini juga yang mengawali hidupnya sebagai seorang pelukis. Menjadi seorang pelukis terkenal membuat Heikichi tidak sadar dari fakta bahwa ia sudah mengalami gangguan psikologis yang menyebabkannya mengidam penyakit penyimpangan perilaku seksual. Dengan pemikiran yang seperti itu ia mulai merencanakan bagaimana cara untuk menciptakan Azoth. Untuk menciptakan Azoth ia harus membunuh keenam wanita dan mengambil potongan-potongan tubuh yang ia perlukan dari mereka. Bagian-bagian tubuh yang akan dikumpulkan, tidak bisa dari sembarang wanita. Zodiak dari si wanita yang akan di bunuh pun harus sesuai. Ia mulai merencanakan pembunuhan itu dan pada saat itu ada hal yang membuat ia terkejut. Ia sadar bahwa enam perawan dengan lambang zodiak yang berbeda hidup didekatnya. Perempuan-perempuan itu adalah anak perempuan dan para keponakannya. Universitas Sumatera Utara Fakta tersebut tidak membuatnya membatalkan rencana. Heikichi berfikir anak-anak dan para keponakannya juga akan senang karena dapat menjadi bagian dari pembuatan karya seni ini. Di akhir cerita, pembunuhan wanita-wanita ini terlaksana sesuai dengan rencana Heikichi. Banyak orang yang percaya Azoth berhasil diciptakan, tetapi sampai akhir cerita tidak ada satu pun orang yang tahu dimana Azoth berada. Melihat uraian diatas berdasarkan kajian psikologis Freud, tokoh Heikichi dalam novel “The Tokyo Zodiac Murders” dominan memiliki perilaku Id. Namun demikian bukan berarti Ego dan Super Ego tidak berperan. Dalam cuplikan Heikichi yang berniat membunuh bayangan-bayangan yang selalu mengganggunya tampak muncul niatan Id. Tetapi niat untuk membunuh bayangan-bayangan tersebut tidak jadi dilakukan. Ia merasa tidak memiliki tenaga yang cukup untuk melakukannya. Hal ini menunjukkan Ego yang berusaha mengontrol Id yang memiliki keinginan untuk membunuh. Ego juga mencoba untuk memperlihatkan kepada Heikichi yang mana yang nyata dan yang mana yang hanya khayalan saja. Dari banyaknya perilaku Id dari Heikichi ada yang dapat dikontrol oleh Ego sehingga tidak muncul penyesalan dalam Super Ego, tetapi dan ada juga yang tidak. Tampak juga insting hidup dan insting mati juga aspek kecemasan dari Heikichi dalam novel ini. Secara keseluruhan dalam pembahasan analisis psikologis tokoh Heikichi Umezaza dalam novel “The Tokyo Zodiac Murders” menjelaskan gangguan-gangguan psikologis yang dialami Heikichi Umezawa diantaranya penyimpangan perilaku seksual. Hal tersebut tidak wajar untuk dilakukan oleh orang-orang normal. Karena itu untuk mencapai keinginannya ia melakukan perbuatan yang tidak sesuai dengan moral yang ada. Selain itu di dalam novel ini juga terdapat pesan yang disampaikan Soji Shimada sebagai pengarang. Ia ingin menunjukkan bahwa obsesi dan keinginan yang berlebihan tidak baik bagi diri sendiri dan orang lain. Memiliki obsesi atau sesuatu hal yang ingin dicapai adalah suatu hal yang bagus tetapi harus kita sesuaikan dengan logika dan norma-norma yang ada. Universitas Sumatera Utara

BAB I PENDAHULUAN